1926 年、日本に溶接の学会が生まれた。
それから、100 年。
溶かせない鉄を、叩いてつないだ。日本の溶接は、修理から始まった。

鉄は、溶かせなかった。
だから叩いて、くっつけた。
FORGE WELDING鍛接=鉄器時代から 19 世紀まで、約 3,000 年間の鉄をつなぐ標準技術。日本刀の折り返し鍛錬も同じ原理。

鉄の橋は、釘だらけだった。
1890 / RIVETS継ぎ目のせいで「重く・漏れて・弱く・高い」。溶接への需要は、もう生まれていた。


日本のアークは、
修理から始まった。
1904 / NAGASAKI三菱長崎造船所が英国から輸入した鋳造設備に付いてきた炭素アーク装置で鋳造品の巣埋め。1914 年に被覆棒の特許を買い、技師 3 名を派遣。翌年、輸入した直流溶接機で鋳鋼品を補修。

自分で走る全溶接船として、世界で 2 番目。
1 番との差は、たった 1 ヶ月だった。
1920 / SUWA MARU諏訪丸=日本の民間船で初の全溶接船。世界初の全溶接外航船・英 FULLAGAR に 1 ヶ月遅れの進水。自航船として世界 2 番目。


俺の親方の親方の頃は、
棒屋が棒を天日で干して作ってたそうだ。
1925〜 / ELECTRODES戦前の溶接棒は、被覆剤に浸して天日で干す町工場の手づくり。終戦の頃には推定 80 社。紙を巻いた棒や、細い棒を束ねた「親子棒」まであった。
失敗が学問を生み、10 年で世界一になった。
電気鎔接協会(現・溶接学会)発足。
研究者の受け皿ができた。ここから 100 年が始まる。

嵐の海で、船の首が取れた。
溶接のせいにされた。
1935 / 第四艦隊事件1935 年 9 月 26 日午後・三陸沖。台風で駆逐艦の艦首が切断。一番の原因は軽くしすぎた設計だったが、壊れた所には溶接が多かった。翌年、船体の強力部材への溶接は禁止された。日本の溶接は、ここで一度足踏みする。

だが失敗は、学問を生んだ。
1941-45 / WARTIME日本は戦時標準船のうち「改 E 型」566 隻を溶接ブロック建造(ブロック間は鋲)。米国はリバティ船 2,710 隻を量産し、溶接船の脆性破壊の損傷・事故 1,000 件超を徹底調査した。その記録が、戦後日本の研究の基礎資料になった。
「30 年、遅れている」
1947 年、米国調査団の言葉とされる。産学官が奮起し、
1949 年に日本溶接協会が生まれる。
協会が初めて行った検定試験の合格者は 27 人だった。

10 年で、追いついて、追い越した。
1956 / No.1日本が英国を抜き造船建造量世界一。1954 年には JIS Z 3801(手溶接検定)が生まれ、「腕」に規格がついた。
新幹線・タンカー・超高層。人が足りず、機械を呼んだ。

線路の継ぎ目を、消していった。
1964 / SHINKANSEN東海道新幹線の建設=長尺レールの継目 8 万箇所。うち 5 万箇所をガス圧接、1.5 万箇所をテルミット溶接で。継ぎ目の少ない線路が、高速鉄道を支えた。

一隻の船を造るのに、36 万人。
1966 / IDEMITSU MARU世界初の VLCC「出光丸」(20 万重量トン超・石川島播磨重工)。建造に全国 1,000 社・36 万人が結集した(船の科学館)。

空の上でも、溶接だ。
1968 / KASUMIGASEKI霞が関ビル=147m・36 階。鉄骨溶接が、都市を縦に伸ばし始めた。
棒から、ワイヤへ。
TURNING POINT1984 年、ワイヤの生産量が棒を逆転。半自動の時代へ。


人が足りない。だから機械が来た。
二十歳の俺は、腹が立った。
自分の腕が、要らなくなる気がしたんだ。
1969-1990 / ROBOTS1969 年 川崎ユニメート(国産初の産業用ロボット)、1977 年 MOTOMAN-L10(日本で初めての全電気式・仕事はアーク溶接)。1990 年の労働省の調査では、在職の溶接作業者 21 万人に対し 6 万人が不足していた。機械は、人の代わりでなく「足りない分」を埋めに来た。
溶かさない接合と、光で溶かす接合。そして人が、また足りない。

アルミをつなげる時代が来て、
溶かさない接合も、光で溶かす接合も来た。
1941-2004 / ALUMINIUM1941 年 TIG 完成(アルミ・マグネシウム機体のため)。1991 年 FSW 発明、2003 年 マツダ RX-8 で点接合 FSW を世界初量産(アルミ用の抵抗溶接と比べて使用エネルギー 99% 減)。2004 年 1kW ファイバーレーザー。
工場の形が、変わり始めた。
2019 年頃、中国でハンドヘルドレーザーが登場。
この 5 年で、町工場まで広がった。
テスラのギガキャストは、車の前と後ろの骨組みを、1,600 を超える溶接ごと、2 つの鋳物に置き換えた。
人が、足りない。
1990 年と、同じ言葉だ。
人の形をした機械が、
溶接をやると言い出した。


BEADX X-METER人型ロボットが現場で溶接そのものをやる日を、BeadX は「X デー」と呼び、10 合スケールで毎週定点観測しています。いまは 5 合目=人型の試作機が初めて溶接した段階(2026 年 7 月・Persona AI)。韓国の HD現代 × Persona AI が、2027 年の現場実証を目標に人型溶接ロボットを開発中。
100 年目に、新しい空白ができた。
2025 年 10 月、ハンドヘルドレーザーの安全規格が制定された。
「設置、操作、保守、修理は有資格者のみが行う」。
ところが日本に、レーザー溶接の技能資格は、まだ見当たらない。
WES 9009-7続きは BeadX Journal #008「誰も持っていない資格」で。


俺が教わってないことを、
お前は教われる。
次の 100 年は、
あなたの時代だ。
完全版は、約 14 分のスクロール絵巻。会場では気になる章から。ゆっくり読むときは、お手元のカードからまた開けます。
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法人の方へ:この絵を、2027 年のカレンダーに(社名入り・100 部から)
読んだあなたへ。
溶接史クイズ、3 問。