なぜ、それでも
人型なのか
何が起きたか
前号で米 Persona AI の人型ロボットの「初溶接」を伝えた矢先、中国の国営メディア新華社が、別の溶接ロボットを報じた。中国のスタートアップが「業界初の、工業向け身体性 AI 溶接ロボット」を発表し、すでに船・鉄骨・橋梁を作る 10 以上の工場で稼働しているという。
編集部で正体を調べた。新華社は社名を書いていないが、発表内容が一致するのは北京の小雨智造(Xiaoyubot)だ。2023 年創業、創業メンバーの多くはシャオミ出身。そして肝心のロボットは、人型ではない。頭脳(自社開発の AI モデル)は 1 つで、体は現場に合わせて付け替える。市販のロボットアームを載せた溶接ステーションも、鋼板の上を這うクローラも、同じ頭脳で動く。学習には実際の工場で集めた作業データ 10 万時間超を使ったと同社は説明している。標準版の価格は 16.98 万元(約 350 万円)から。
前号のグータッチに時代を見た編集部としては、突きつけられた気分になる。理想の形(人型)はまだテスト中で、割り切った形(現場ごとに付け替える体)はもう働いている。だとしたら、そもそもなぜ世界は、あれほどの資金と人材を「人の形」に注いでいるのか。
今号はニュースの先にあるこの問いを、正面から掘り下げた。
※内容は編集部が自分の言葉でまとめています。詳細な出典は記事末尾へ
編集部の議論
前号は山が動いた回でした。その 1 週間後にこのニュース。ハジメくん、どう受け止めた?
正直、混乱してます。先週あんなにグータッチに感動したのに……人型じゃなくていいんですか? 台車に腕が生えてる方が先に働いてるって、なんか、ズルくないですか。
ズルいもんか。形なんかどうでもいい、仕事するのはどっちだ、って話だろ。特定の仕事に絞るなら、人の形にする意味なんか最初からねえんだ。人の真似をやめた瞬間に、人を超えられるんだよ。
中国からは、対照的な登り方の会社がもう 1 社出ています。浙江史河科技(RobotPlusPlus)。2015 年に清華大学の博士チームが創業し、船の錆落としやタンク研磨という「人がやりたくない高所作業」を 10 年やってきた会社です。船体の錆落としロボットは大型造船所でシェア 7 割超、累計作業時間は 200 万時間超だと同社は言っています。ロボットは磁石で鋼の壁に貼り付く車輪の台車に、2 本の腕を載せた形。関節の軸は 2 本合わせて 15 あって、1 本 6 軸が標準の産業用アームより、人の腕に近い細かさで動きます。腕の先を付け替えて、研磨も検査も、同社によれば溶接もこなす。対して前号の Persona AI は、NASA と Figure AI 出身のエリートが理想形(人型)から降りてくる。同じ山を、逆側から登っているんです。
壁に貼り付く台車か。人間にはできねえ芸当だ。錆落とし 10 年、汚れ仕事から這い上がってきた機械ってのは、信用できるな。
さらにもう 1 社。成都の仁新(LE Robotics)。年商 10 億ドル超をうたう製造業グループが親で、ロボット部門を率いるのはニューヨーク大学とコロンビアで金融を学んだ経営者。ロボット工学者ですらない。A 輪では中国最大手クラスの VC、深創投が単独で出資しています。同社の発表によれば、世界の大手 50 社超と戦略提携し、製品は 30 か国以上に出ている。そして狙いが「非標準・小ロット・多品種」。#002 で「自動化が最後に届く」と書いた、町工場レーンへの挑戦者です。つまり中国では、人型を経由せずに、経済合理性が合う形から順に現場へ入れている。
じゃあ……なんで Figure AI とか Persona AI は、あんなにお金をかけて人型にこだわるんですか?
実利の論理は大きく 3 つあります。1 つ目は、世界の方が人間仕様だから。階段、ドア、ハシゴ、足場、工具。地球上の作業環境は人間の身体に合わせて何十年もかけて作られていて、環境を作り替えるコストはロボット本体より桁違いに高い。人型は「環境を 1 ミリも変えずに差し込める」唯一の形態です。2 つ目は量産の経済。専用機は市場ごとに別のハードで、数百台ずつしか売れない。人型は 1 つのプラットフォームで無数の仕事を狙えるから、当たれば自動車と同じ量産カーブに乗る。3 つ目はデータ。いまロボットの頭脳は人間の動作データで訓練されていて、地球最大の作業データセットは「人間が働いている映像」。それを一番ロスなく写せる身体が、人型なんです。
4 つ目を足させてください。人型は「機械」ではなく「労働」として売れる。専用溶接機は設備予算と比較されますが、人型は人件費と比較される。市場の物語が「溶接機市場」から「世界の労働市場」に化けるんです。人型に巨額の資金が集まる理由の何割かは、技術の必然ではなく資本の物語です。ここは冷静に見た方がいい。
でも、環境を作り替えてしまえばいい、という考え方もありますよね。人間ファーストの世界を、ロボットファーストに。
実在します。しかも新しくない。ファナックは 1980 年代から、山梨の工場で夜間・週末の無人運転を積み上げていて、いまは「ロボットがロボットの部品を組み立てる」工場が 720 時間=1 か月、人なしで回るところまで来ています。最新形はシャオミの北京の工場で、投資 24 億元(約 490 億円)、11 ラインで年 1,000 万台。平均すれば 3 秒に 1 台というスピードです。「ダーク工場」と呼ばれますが、実際に照明を消しているわけではなく、人が張り付かなくても流れる設計という意味。大事なのは、工場だけでなく製品の側もロボットが作りやすいように再設計されていることです。環境も製品も機械に合わせた、ロボットファースト設計。
けどよ、それで全部いけるなら、とっくに世界中がそうなってるはずだろ。
その通りで、有名な失敗があります。テスラは 2018 年、Model 3 の立ち上げで完全自動工場を目指して過剰に自動化し、生産が崩壊して、ロボットを引き剥がして人間を戻しました。マスク自身の総括が「過剰な自動化は間違いだった。正確に言えば、私のミスだ。人間は過小評価されている」です。ロボットファーストが成立する条件は厳しい。同じものを大量に、工程が完全に安定していて、作り替える資本があること。立ち上げの混乱や例外への対応は、無人化を 40 年積み上げた今も、機械が一番苦手な領域です。
あの、シャオミの工場って、完全無人なんですか?
いい質問です。自動化率は 81%、シャオミの発表値です。残りの 19% は監督と保全。ラインには今も約 220 人が残って、検査と異常対応をしています。つまり、ここまで自動化した工場に最後まで残る仕事が「見回りと判断」なんです。
整理しましょう。世界は 3 つの領土に分かれます。①環境を作り変えられる場所。大量・安定・資本あり。ここは専用機のダーク工場が取る。人型は要らない。②人間には不可能な場所。高所・危険・閉所。ここは史河のような「人を超える形」の専用機が取る。③人間用に作られたまま残る場所。造船、建設、補修、町工場。一品物と変動の世界。ここが人型と、そして人間のフィールドです。溶接の現場は、③に一番多く残っています。
で、どの形で来ようが、だ。台車だろうがアームだろうが人型だろうが、溶接を教わりに来る先は結局、俺らのところなんだよ。史河は現場で 10 年、人の作業を写し取ってきた。Persona AI は溶接工にスーツを着せて覚えさせている。形は違っても、師匠は全部、人の腕だ。
今号の結論、それでいきましょう。
世界は 3 つの領土に分かれる
Xデーまで、いま何合目?
BeadX Journal は、その日までの道のりを毎号同じ物差しで定点観測します。
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