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機械は、溶接の何を覚えたのか — BeadX Journal #005
BeadX Journal #005 AI Japan USA Deep Dive

機械は、溶接の
何を覚えたのか

兵庫の町工場に、溶接工が 1 人もいない時期が 4 年続いた。その穴を埋めたのは、人型でも AI でもなく、画面をクリックする 40 代の未経験者だった。同じ月、オハイオでは 3 億ドル近くを集めた会社が「溶接の基盤モデル」を掲げている。両者が解いたものは、実は同じだった。
2026-08-01  |  JAPAN / USA  |  溶接の自動化 × 何が解けて、何が残っているか

何が起きたか

兵庫県姫路市の宝角合金製作所は、1929 年創業の銅合金鋳物メーカーだ。2011 年ごろ、廃業する外注先から溶接工 2 人と設備をまるごと引き継いで内製化したが、ほどなく 1 人が退職。残った 1 人が全ての溶接を背負い、体調を崩し、2022 年に辞めた。社内の溶接工はゼロになった。社員が兼任してみたものの、多品種少量で技術の習得が追いつかず、品質が安定しない。同社は鉄道関連部品も手掛けており、溶接不良は人命に関わる。仕事は断れないので、また外注に戻した。

2026 年 7 月 3 日、この会社に遠隔操作の溶接ロボットが入った。兵庫県西宮市の髙丸工業が開発した WELDEMOTO で、複数のカメラ映像を見ながら PC の画面で溶接範囲の起点と終点を指定すると、ロボットが溶接する。インターネットがあれば自宅からでも操作できる。同社は求人票の職種名を「溶接工」から「溶接ロボットオペレーター」に書き換えてハローワークに出した。すぐに 3 人の応募があり、採用されたのは機械加工の経験がある 40 代の男性だった。2025 年の大阪・関西万博では、未経験の小学生が 10 分の説明で溶接を完了させている。

溶接工が 4 年いなかった町工場に来たのは、溶接ができる人ではなく、機械を操作できる人だった。

同じ 7 月、米オハイオ州でも似た話が進んでいた。累計 2 億 7,000 万ドルを調達した Path Robotics が、溶接専用の基盤 AI モデル「Obsidian」を実戦に投入し、SpaceX 出身者が創業した新会社が、それを組み込んだ自律工場の稼働開始を発表している。こちらも動機は担い手不足だ。米国溶接協会は 2029 年までに 32 万人以上の溶接関連の専門人材が新たに必要になると見ており、それでもなお溶接の 8 割は手作業のまま残っている(Path Robotics 発表)。

姫路の町工場が失ったのは、たった 1 人。アメリカが足りないと言っているのは 32 万人。桁はまるで違うのに、両者が機械に肩代わりさせた部分は、驚くほど同じだった。今号はそこを深掘りした。

今日の論点
機械は、溶接の何から順に覚えているのか。

編集部の議論

BeadX Journal 編集部:ツナギ編集長・ハジメ・タツさん・葵博士・レイ
ツナギ

まず率直な気持ちから聞かせてください。ハジメくん、小学生が 10 分で溶接、というニュースをどう読みましたか。

ハジメ

正直に言うと、最初は少し落ち込みました。僕は 2 年やってまだ怒られてるのに、10 分でできるのかと。でも記事を読んだら、画面で起点と終点を指定する操作のことでした。それなら、僕がやってもうまくいかない部分は、たぶん何ひとつ解決していないと思うんです。

タツさん

そこに気づけたなら上等だ。あれは溶接を覚えたんじゃねえ、どこを溶接するかを機械に教える手順が簡単になったって話だ。指す作業は誰でもできる。指した先で何が起きるかを知ってるかどうかが、まったく別の問題なんだよ。

葵博士

技術的にも、タツさんの整理が正確です。WELDEMOTO が解いたのは教示(ティーチング)と場所の制約で、溶接条件そのものではありません。製品説明にも「PC で位置と条件を設定し」と書かれていて、条件は人が入れる前提です。国の補助事業に採択されたときの事業名がいちばん率直で、「オフラインティーチングシステムへの実画像導入により PC での遠隔操作を実現する溶接ロボットシステム開発」。慶應義塾大学の 2 つの研究室が担当したのも「実ロボットの座標系と、デジタルツイン上のカメラ座標系の重ね合わせ」でした。全部、座標と画像の話なんです。

ハジメ

でも、それでも現場は助かってるわけですよね。

葵博士

はい、そこは大きいです。しかも面白いのは、難しいことをやめたから解けたという点で。開発を率いた髙丸泰幸専務は、複雑な多視点画像合成をやめて「実画像にシミュレーターを合わせる」方式に切り替えたと語っています。処理が重すぎて精度も出なかったので、現実を精密に 3D 復元するのをやめて、CG の方を現実の映像に重ねにいった。25 年前に父親の髙丸正社長が構想し、10 年前の開発では届かなかったものが、機能を削ったことで届いた。

レイ

ここで一歩引いて見てみましょう。溶接の知見は、業界の中で層ごとに持ち主が違います。条件は、実はとっくに形式知になっているんです。ダイヘンやパナソニックの現行機は、溶接条件をあらかじめ機械の中に持たせて、波形制御で再現できるようにしています。造船やプラントには WPS、つまり溶接施工要領書があって、規格が条件の文書化を強制してきた。溶接の暗黙知で最初に形式知になったのは、技術の進歩ではなく規格が理由でした。だから「条件が誰にも分からない」わけではない。条件表に書ける部分は、もう書かれている。

タツさん

だが現場は表通りにはいかねえ。図面通りの鉄なんか来たことがねえんだ。開先は開くし、板は反るし、前の工程がずれてりゃ全部ずれる。表に書いてあるのは出発点で、そこから先が仕事だろ。

ハジメ

その「そこから先」って、機械はどこまで来てるんですか。

葵博士

今いちばん先を走っているのが、米国の Path Robotics です。2018 年に、ケース・ウェスタン・リザーブ大学のロンズベリー兄弟らが創業して、累計 2 億 7,000 万ドルを調達。2025 年 9 月に「溶接専用としては初の基盤 AI モデル」として Obsidian を発表しました。8 年かけて、顧客の工場で動いている自社の機械群と、社内のデータ農場から、数千万インチの溶接データを集めています。3,000 万インチなら約 760km、東京から広島くらいの長さのビードです。しかも取っているのは 溶接前・溶接中・溶接後の 3 点セット。センサーはカメラ 2 台とレーザー 4 本でトーチの周囲 360 度を見て、サブミリの点群を作ります。

ハジメ

それだけ集めたら、もう職人の判断ごと入ってるってことですか。

葵博士

そう思って、編集部で特許を読みにいきました。基幹特許の課題設定はこう始まります。「溶接品質を実現するには溶接チップが目標位置から 1mm 以内にあることが望ましいが、実際のシームはモデル上の位置から数 cm 離れることもある」。中身は、点群からニューラルネットワークで継手の種類を判定して、到達できるか、ぶつからないか、トーチの回転をどれだけ減らせるかを解く。最初から最後まで、位置と姿勢の話です。溶接中に条件を動かす記述はあります。電圧・電流・パルスの波形・送給速度を、溶接しながら調整するとはっきり書いてある。ただし、その根拠にしているのは開先ギャップの位置と大きさ、つまり幾何情報なんです。溶融池という語は、この特許に一度も出てきません。もう 1 件、シミュレーションの特許もあるのですが、そちらがシミュレートしているのも幾何だけで、ビード品質も熱の挙動も計算していません。ただし公平を期すと、いま読めるのは 2021 年から 2022 年に出願された世代です。Obsidian の発表は 2025 年 9 月なので、最新世代の中核はまだ特許として表に出ていない可能性があります。

タツさん

なるほどな。狙ったところに 1mm で当たり続けるなら、そりゃ不良は減る。人間が不良を出す理由の大半は、腕が悪いんじゃなくて、疲れて狙いがずれるからだ。徹夜明けの俺より機械の方がうまいのは当たり前だよ。

レイ

数字がそれを裏づけています。Path Robotics 自身の主張を 3 つ並べます。1 つ目、手直しなしで一発合格したビードの割合。同社の設備が 98%、人の手作業が 75% です。2 つ目、1 日に引けるビードの長さ。設備が約 235m に対して、人は約 25m。9 倍以上です。

ハジメ

9 倍ですか。そんなに腕が違うんですか。

レイ

いえ、腕ではありません。それが 3 つ目の数字です。1 日の勤務時間のうち、実際にアークを出している時間の割合を測ると、設備が 70%、人は 11% でした。8 時間働いて、アークが出ているのは 1 時間弱ということです。

タツさん

そりゃそうだ。材料を運んで、仮付けして、治具に固定して、図面見て、位置決めして、面を上げて下げて。引いてる時間より、そこに至るまでの時間の方がずっと長い

レイ

つまり 9 倍の差は、溶接がうまいから出たのではなく、残りの 7 時間を機械が要らなくしたから出ている。機械が肩代わりしたのは、アークを出している 1 時間ではなく、その前後の 7 時間の方なんです。

ハジメ

じゃあ、姫路の話と同じじゃないですか。

レイ

まさに同じ構造です。姫路の町工場も、3 億ドル近くを集めたオハイオの会社も、ターゲットは同じ「段取り」。規模と手段が違うだけでした。皮肉なのは、職人が「これは技能じゃない」と思って軽く見ていた部分から、先に機械へ渡っていることです。

タツさん

段取り八割って昔から言うんだがな。あれを技能じゃねえと思ってるやつは、そもそも段取りができてねえんだ。

ハジメ

……じゃあ、最後まで残るのは何なんですか。

葵博士

溶融池の可視化です。ここだけは、まだ誰も解けていません。理由がはっきりしていて、レーザー溶接は測れるのに、アーク溶接は測れないんです。レーザーは光を穴の底まで入れて溶け込み深さを直接測れる。ところがアークは、溶け込みが母材の中で起きていて、上から見えるのは溶融池の表面だけ。しかも表面は鏡のようで、アークの光は溶融池より桁違いに明るい。だから深さを測ることを諦めて、間接的な手がかりを束ねて推定する方向に進みました。

タツさん

手がかりってのは、何を見てるんだ。

葵博士

4 つあります。1 つ目は溶融池の形。ケンタッキー大学の方式では、19×19 のドットに分けたレーザーを溶融池の表面に当てて、鏡のように跳ね返ったパターンの歪みから 3D 形状を逆算します。2 つ目は揺れ。溶融池は表面張力で振動していて、部分溶け込みでは高い周波数、貫通した瞬間に周波数が崖のように落ちる。3 つ目は光の色。アークのプラズマを分光して、水素とアルゴンの輝線の比からアルミの気孔を検出します。4 つ目はです。

タツさん

待て。それ全部、俺が面の中でやってることじゃねえか。池の形を見て、揺れ方を見て、色を見て、音を聞く。それを機械が別々の装置でやってるってことだろ。

葵博士

そうです。しかも人間は、それを 1 つの頭で同時にやって、次の一手を決めている。日本で本丸に挑んでいるのは神戸製鋼で、造船の初層溶接で溶融池の画像から特徴点を抽出して運棒を制御する機能を、自動溶接機の試作機に載せています(2020 年時点)。大阪大学は、ギャップが変動する半自動溶接で CNN が溶落ちを事前に予測し、溶け込み深さを推定する研究を出している。海外ではカナダの Novarc が、配管溶接の自律化について「人間の溶接工がやるのと同じやり方で溶融池をコントロールする」と明言し、テラバイト規模の溶接動画で学習させています。

レイ

ここに構造として面白い分かれ道があります。同じ暗黙知を扱っていて、出口が正反対なんです。Path Robotics の Obsidian は、集めた経験をニューラルネットワークの重みに移します。人が読める規則には決してならない。「なぜその時そうしたのか」は誰にも説明できません。暗黙知が形式知になったのではなく、暗黙知の持ち主が人から機械に移り、コピーできるようになっただけです。一方、産業技術総合研究所の HCMI コンソーシアムを軸に、日本溶接協会と日鉄ソリューションズが進めている AI 溶接シミュレーターは、熟練者の身体知を個人差までモデル化して、人に教え返すことを狙っている。機械に積むのか、人に返すのか。

ハジメ

どっちが勝つんですか。

レイ

勝ち負けより、どちらも人から仕入れているという点が重要です。Obsidian の材料は数千万インチの実際の溶接で、それは誰かが引いたビードです。アークは物理量を直接測れないので、正解を定義できるのは人の判断だけ。だから機械は、人からデータを買い続けるしかない。これは感情論ではなく、産業構造としてそうなっているという話です。

タツさん

買いに来るなら、いくらでも教えてやる。だがな、教えられるものを持ってねえと、買いにも来てもらえねえぞ。

ツナギ

今号はそこで締めましょう。


溶接の自動化は 3 層に分かれる

溶接の 3 層:①位置と段取り=解けた/②溶接条件=半分/③溶融池の判断=まだ誰も

Xデーまで、いま何合目?

Xデー=人型ロボットが実戦の現場で「溶接そのもの」を担う、世界初の日。
BeadX Journal は、その日までの道のりを毎号同じ物差しで定点観測します。
10実戦投入第 1 号 = Xデー
9 品質・安全の認証クリア
8 人の監督付き・限定工程での試験運用
7 実環境でのテスト溶接
6 ラボで安定した連続溶接
5 ★ いまここ|人型プロトタイプ完成・初溶接前倒し
4 人型が溶接工の動き・判断をデータ化
3 非ヒト型の自律溶接が実環境で実証済〜進行中
2 AI 適応溶接(シームトラッキング)が実用化
1 固定アームロボが定型溶接を置き換え
今号の判定:山は動かず、5 合目のまま。 ただし今号でわかったのは、残り 5 合の中身だ。前号で「山の横にトンネルが掘られている」と書いたが、トンネルを掘っている側も、山を登っている側も、いま解いているのはどこを溶接するか(位置と段取り)であって、どう溶かすか(溶融池の判断)ではない。累計 2 億 7,000 万ドルを集めた会社の、公開されている特許を読んでも、判断の根拠は最後まで幾何だった。5 合目から上は、ほぼ全部が「判断」の斜面である。ここを登れる者は、まだ現れていない。

前号の投票

前号の 1 問「あなたの現場にロボットが来るなら、どの形がいい?」は、集計に足る票がまだ集まっていません。発表は票が集まった号に持ち越します。あなたの 1 票が「現場の世論」の最初の記録になります。投票は引き続き受付中です。

あなたの仕事で、機械にいちばん渡したくない工程はどれですか。
A段取りと仮付け(どこをどう組むか)
B条件出し(電流・電圧・速度を決める)
C溶接中の判断(溶融池を見ながら直す)
D仕上がりの良否判定
投票は Substack / X で受付中。結果と編集部の講評は次号で。あなたの現場の実感で選んでください。
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※BeadX Journal は、実在する製造業経営者が主宰しています。どのニュースを取り上げ、何を問い、どう見立てるか。そこには毎号かならず人の判断が入っています。編集部メンバーは AI キャラクターであり、実在の人物・団体とは関係ありません。議論は実在のニュース・公開情報に基づいていますが、各メンバーの発言は AI が生成した見解です。
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