機械に 9 億ドル、人を 3,500 人
同じ会社は今年、半年で 3,500 人の造船工を雇った。溶接工を育てる養成学校は、あと 1 クラスで満員になる。
機械と人を、同時に全力で集める。その理由を掘っていくと、「機械か、人か」という問いの前提が崩れた。
何が起きたか
8 月 6 日、アメリカ最大の軍艦建造会社 HII(ハンティントン・インガルス・インダストリーズ)が、Path Robotics と GrayMatter Robotics の 2 社と生産契約を結んだ。7 年間で最大 9 億ドル。対象は空母・潜水艦・駆逐艦・強襲揚陸艦・次期フリゲート・無人艦艇で、工程は溶接・研削・ブラスト・塗装・組立・検査に及ぶ。Path Robotics は本誌 #005 で取り上げた「溶接の基盤モデル Obsidian」の会社だ。今回はそのモデルを四足歩行ロボットに載せた移動式溶接システム Rove も対象に入る(商用提供は 2027 年初の予定)。その 2 日前の 8 月 4 日には、HII は韓国の HD 現代重工業とも組み、ミシシッピ州のインガルス造船所で知能化された機械化溶接装置の試験導入を拡大すると発表している。1 週間で 2 本。機械化のニュースが立て続けに出た。
ここだけ読むと、いつもの話に見える。機械が来る、人が置き換わる。ところが、この会社の足元を遡ると、話が合わなくなる。 HII は 2026 年の上半期だけで 3,500 人を超える造船工を採用した。会社全体の人材育成に年 1.1 億ドルを投じ、溶接工を給料付きで育てる養成学校(アプレンティス・スクール)は定員間近、次の受け入れで埋まる見込みだと明かしている。機械に世界有数の金額を出した同じ会社が、人も全力で集めている。
理由は需要にある。アメリカ海軍の主力攻撃型原潜バージニア級は、年 2 隻のペースで発注されてきたが、実際に完成しているのは年 1.2 隻前後と報じられている。引き渡しは当初計画から 2〜3 年遅れていると海軍側は説明している。しかもアメリカで海軍の潜水艦を建造できる造船所は、HII のニューポート・ニューズと、ゼネラル・ダイナミクスのエレクトリック・ボートの2 つしかない。需要が、国全体の建造能力を大きく超えている。だから HII は引けるレバーを全部引いている。人を雇う。機械を入れる。仕事の 250 万時間分を外部に出す(前年比 30% 増)。そして韓国の資本と装置を受け入れる。米韓の交渉では、韓国側が造船分野に 1,500 億ドル規模の対米投資を約束したと報じられている。
機械に一番金を出している現場が、人を一番集めている現場でもある。 この 2 つが同時に成り立つ場所で、いま何が起きているのか。今号はそこを掘る。
※ 詳細な出典は記事末尾へ
編集部の議論
今日の材料は 1 週間で出た 2 本の発表ですが、議論したいのはその裏側です。ロボットに 9 億ドル出す会社が、同時に人を 3,500 人雇っている。ハジメくん、これ最初に聞いてどう思いました?
正直、意味が分からなかったです。ロボットにお金を出すのって、人を減らすためじゃないんですか。両方に全力って、どっちかが無駄になりませんか。
無駄にならないんです。この会社の場合、両方やっても、まだ足りないので。
足りない……?
数字を見ましょう。アメリカ海軍の主力潜水艦バージニア級は、年 2 隻のペースで発注されてきました。でも実際に完成しているのは年 1.2 隻前後です。引き渡しは 2〜3 年遅れていると説明されています。
発注が 2 で、できるのが 1.2 か。受けた仕事の 4 割が納まってねえってことだろ。町工場なら潰れてるぞ。
しかも代わりがいません。アメリカで海軍の潜水艦を造れる造船所は 2 つだけです。仕事は溢れているのに、受け皿が増やせない。
だから人も機械も全部、なんですね。
人が足りねえってのはな、求人を出しても来ねえってことだけじゃねえんだ。来ても続かねえ。続いても、一人前になる前に辞めていく。頭数と腕の数は別モンだ。 3,500 人雇ったって、明日から 3,500 人分の溶接ができるわけじゃねえ。
そこで面白いのが、この会社の人の集め方です。ただ雇うんじゃなくて、学校を持っているんです。
学校、ですか。
アプレンティス・スクール。溶接工や造船工を、給料を払いながら育てる会社の学校です。学費は会社持ちなので、卒業しても借金がない。初日から従業員です。インガルス側の学校は 1952 年からやっていて、卒業生は 4,000 人を超えます。会社全体では、人材育成に年 1.1 億ドルを投じています。そしていま、この学校はあと 1 クラスで満員だと経営陣が説明しています。
えっ、いいなあ……。
おい、素が出てるぞ。
だって、給料をもらいながら溶接を教われて、借金なしですよ。僕、工具も面も自分で揃えたのに。
まあ、そこなんだよな。若いのが来ねえ来ねえって言うけどよ、金と扱いを揃えた学校には、定員が埋まるまで来てるわけだ。来ねえんじゃねえ。呼んでねえんだ。
背景には危機感があります。アメリカ最大の銀行のトップが今年、こう言っています。「船を造るために、今後 5〜10 年で 30 万人の電気工や溶接工が必要だ」。銀行家が溶接工の頭数を語る。それくらい、人の不足が経済の話になっているんです。
ここで一度、論点に戻します。機械に一番金を出している会社が、人も一番集めている。この 2 つは矛盾しないんでしょうか。
これ、構造としては他の業界で見たやつです。倉庫と物流。 世界で一番ロボットを入れてきた通販の会社は、同時に世界最大級の雇い主でもあります。倉庫のロボットを 1,000 台から 50 万台に増やした 10 年で、この会社は従業員も 10 倍以上に増やしました。機械と人が、同じ向きに増えたんです。
なんでそんなことになるんですか。
需要が伸びていたからです。 荷物の量が増え続けている間は、機械で浮いた人手も全部、増えた仕事に吸われていく。機械と人の取り合いにならない。ただし、この会社の従業員数は、5 年ほど前から止まっています。 ロボットの方はその後も倍に増えて、いまや 100 万台。荷物の伸びが緩んだ瞬間から、増えるのは機械だけになった。機械が敵になるか味方になるかを決めているのは、技術ではありません。需要が伸びているか、止まったかです。
……造船は伸びてる側だってことか。
少なくともアメリカの軍艦は、確実に伸びている側です。国防なので、買い手は国。景気で需要が消えたりしません。だから HII の発表資料はこう書いています。今回の取り組みは、「いまいる造船の働き手の能力を増強する」ための AI ツールだと。置き換えるとは、一言も書いていません。
ところで今回、機械の側を並べてみると、面白いことが分かりました。同じ「船の溶接を自動化する」に、いま 4 つの形が同時に走っています。
整理します。1 つ目、二足歩行の人型。Persona AI が HD 現代グループと組んで、韓国の造船所向けに開発中です。年内にプロトタイプ、2027 年に実戦投入の計画。2 つ目、四足。Path Robotics の Rove は、犬型ロボットに溶接 AI を載せて、部品のところへ歩いていきます。3 つ目、車輪。トヨタの研究部門から独立した Walden Robotics は、人型の上半身を台車に載せました。「工場の床は平らだから、脚は要らない」という判断です。この会社には約 3 億ドルの出資が集まって、北米のトヨタ工場では試験導入として 8 時間シフトに入っています。4 つ目、そもそも体をやめた形。8 月 4 日にインガルス造船所へ入ったのは、人型でも四足でもない、機械化された溶接装置です。
あの、ずっと聞きたかったんですけど。なんでみんな、人の形にしたがるんですか。
人間のために作られた場所で働かせるなら、人の形が一番つぶしが利くからです。階段も足場もハシゴも、全部人間サイズでできていますから。#004 でやった「人型は汎用だから割に合う」という話ですね。
ただし今回、逆の事実が見えました。世界で一番切実に溶接の自動化に金を出した買い手の買い物リストに、二足歩行の人型が入っていないんです。HII が仕事を出した先は、機械化装置と、四足と、ロボットのセルで加工する外注。人型はゼロ。
そりゃそうだろ。切羽詰まってる現場が欲しいのは、今日動く機械だ。2027 年に来るかもしれねえ約束じゃねえ。
象徴的なのが HD 現代グループです。自分の国では Persona AI と組んで人型を開発している。でもアメリカに持ち込んだのは、人型ではなく機械化溶接装置でした。未来への投資と、今日の増産。同じグループの中で、はっきり使い分けています。
もう 1 つ、お金の流れで新しいことが起きています。この 9 億ドル、ロボットの購入代金ではありません。 成果連動の生産契約です。
どう違うんですか。
今までは、造船所がロボットを買って、自分の工場の中で使うのが普通でした。今回は違います。ロボットを持った会社が仕事を受けて、自分の側で加工して納める。 技術と品質の基準をクリアできたら、仕事が発注される。できなければ発注されない。HII は機械を買ったのではなく、時間を買ったんです。実際 HII は、今年 250 万時間分を超える建造作業を外部に出す計画で、これは前年より 30% 多い。
……それはつまり、ロボットの会社が下請けに並んだってことか。
そうです。設備メーカーではなく、外注先。溶接の世界に、新しい種類の下請けが生まれたとも言えます。
じゃあ、僕らの隣にいつか「ロボットしかいない下請け」が並ぶんですか。
需要が伸びている間は、それも脅威にはなりません。元請けが外に出したい仕事は、どうせ全部の受け皿を足しても余っているので。問題は、需要が細ったときに誰から仕事がなくなるかです。
えっと、じゃあ……機械は敵じゃない、でいいんですよね? ちょっと安心しました。
今はな。
……今は?
アメリカの造船は買い手が国だ。国防ってのは、景気が悪くなっても引っ込まねえ。だがな、うちらの仕事はそうじゃねえ。町工場の需要は誰も約束してくれてねえんだ。仕事が溢れてるうちは、機械も人も味方同士だ。仕事が細った日に、機械とお前のどっちが残るかは、別の話だぞ。
そこは正面から受け止めるべき指摘です。ただ、順番だけは間違えないでほしいんです。その日が来るとしても、先に来るのは機械ではなく、需要の変化です。見張るべきは隣のロボットではなく、自分の現場の仕事量の方です。
あの……最後にいいですか。うち、人も足りてないんですけど、機械も来ないんです。9 億ドルどころか、送りの台車 1 つ買ってもらえない。これって、どっちなんですか。
それが普通の町工場だ。 人も機械も来ねえまま、目の前の仕事を回してる。今日の話はな、遠いアメリカの話に聞こえて、実は「人が足りねえとき、現場はどこまでやるか」っていう、うちらが毎日やってる話の一番でかい版なんだよ。
人が足りないとき、現場は何をするか。雇う、育てる、機械を入れる、外に出す。HII は全部やった。ここまでの話を持って、山を見に行きましょう。
Xデーまで、いま何合目?
BeadX Journal は、その日までの道のりを毎号同じ物差しで定点観測します。
先に結論から。山は動いていません。5 合目のままです。
この数ヶ月で動いたのは、体とお金でした。四足が造船所の仕事の対象に入り、車輪の人型が 3 億ドルを集め、機械化装置が手溶接のエリアに入った。でも #005 で定義した通り、機械が解いているのは「どこを溶接するか」=位置と段取りの側です。溶融池を見て「どう溶かすか」を判断する部分に、今月も新しい進展は確認できていません。
ただし、定点観測として書き残しておきたいことが 1 つあります。溶接の自動化に、これだけ切実な金額を出した買い手の買い物リストに、二足歩行の人型が入っていませんでした。 人型は、HD 現代グループが自国で 2027 年に向けて育てている「約束」の側にいます。切実さは、約束を買いません。今日動く機械を買います。
Xデーが来るとしたら、人型が「約束」の側から「今日動く機械」の側に移った日です。その移動は、まだ起きていません。
前号の投票
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