誰も持っていない資格
ところが、その資格はどこにも見当たらない。国家資格も、法定教育も無い。民間の技能資格も、探しても出てこない。取りに行きたくても、取りに行く場所が無い。
資格が要ると決まったのに、資格が無い。この宙ぶらりんの正体を、今号は正面から掘る。
何が起きたか
日本溶接協会は 2025 年 10 月 1 日、溶接の安全衛生規格 WES 9009 の第 7 部として「レーザ溶接・切断」を制定した。2 号前の #006 でも触れた規格である。制定の理由は率直だ。手に持って使うレーザー加工機にも 1kW を超えるものが出てきて、保護具を着けるだけでは作業者を守り切れなくなってきた。だから規格は、レーザー管理区域の設定、装置に求める安全機能、保護めがねの選び方までを一式で定めた。ここまでは、普及に安全整備が追いついていくという、まっとうな話に見える。
編集部が引っかかったのは、その中の 1 行だ。「ハンドヘルドレーザ溶接装置の設置、操作、保守、修理は有資格者のみが行う。」 読んだ瞬間、素朴な疑問が湧く。その資格とは、何のことか。調べた結果は、こうだった。レーザー溶接の技能資格は、見当たらない。日本溶接協会(JWES)の溶接技能者資格 9 区分に、レーザーは入っていない。アーク溶接なら法律で義務付けられる特別教育も、レーザーは対象外である。労働安全衛生規則 36 条には特別教育が必要な業務が 41 号まで並ぶが、レーザー溶接に該当する号は無い。一番近い 3 号も「アーク溶接機を用いて行う」溶接・溶断であって、レーザー加工機は含まれない。条文まで遡って確認した。つまり、資格が要ると書かれているのに、取りに行ける資格がどこにも無い。
一方で、普及は待ってくれない。ハンドヘルドレーザー溶接機の世界市場は拡大が続いている。調査会社の成長予測は年率 8% 前後から 22% までばらつくが、伸びる方向では一致している。国内では機器メーカーや業界団体の安全講習が広がっているが、いずれも任意で、内容も統一されていない。国のレーザー安全の通達は平成 17 年の改正が最後だ。機器の安全規格(JIS C 6802)は 2025 年 8 月に改正され、訓練やレーザー安全管理者の指名といった使用者向けの指針が初めて書き込まれた。安全の枠組みが急ピッチで埋まっていく中で、「その人がこの溶接をできる」という腕の証明だけが、ぽっかり空白のまま残っている。
2 号前の #006 は「工法を誰が決めるのか」を掘り、最後にこの空白へ行き当たって終わった。今号はその空白そのものを扱う。資格が無いとは、現場にとって何を意味するのか。そして、資格は要るのか。
編集部の議論
2 号前の #006 の最後に、私が「その人がレーザー溶接をできることを証明する国内の技能資格は、見当たりません」と言ったまま、宿題になっていました。今号はそこを単独で掘ります。ハジメくん、あらすじを読んでどうでした?
えっと、混乱してます。規格に「有資格者のみが行う」って書いてあるんですよね。で、その資格が無い。それって、いま日本でレーザー溶接をやってる人は全員、規格違反ってことになりませんか。
なりません。あの規格は法律ではなく、業界団体が定めた指針だからです。守らなくても罰則はありません。ただし、事故が起きたときに「業界の標準を守っていたか」を測る物差しにはなり得ます。だから宙ぶらりんなんです。従いたくても、従う方法が無い。
妙な話だよな。「免許持ってる奴しか運転するな」って看板を立てたはいいが、免許センターがどこにも無えんだ。
そもそも確認なんですけど、アークにはあるんですよね、資格。僕も特別教育は受けましたし。
整理しましょう。日本の溶接の資格は、4 つの階層でできています。1 つ目が法定の安全系。ハジメくんが受けた特別教育と、ガス溶接の技能講習。これが無いと法律違反です。2 つ目が法定の設備系。ボイラー溶接士ですね。爆発したら人が死ぬ設備だけは、国が実技試験で腕を試します。3 つ目が民間の技能証明。JIS 溶接技能者です。法的には任意ですが、発注仕様で事実上必須になる。4 つ目が業界の発注仕様そのもの。船級、AW 検定、JPI。造船や鉄骨の仕事は、この階層が資格を要求します。
はい。
で、レーザー溶接は、この 4 階層のどこにも含まれていません。
どこにも?
どこにも。ついでに言うと、意外に思われるかもしれませんが、「溶接技能士」という国家資格は、もともと日本に存在しません。 国家検定の技能士制度に「溶接」という職種が無いんです。国が原則見ているのは安全だけで、腕前の証明は最初から全部、民間がやってきました。レーザーはその民間の網にも入っていない、ということです。
言っとくがな、資格ってのは紙だ。紙が溶接するわけじゃねえ。……ただな、JIS の試験をナメんなよ。試験片を溶接して、機械で曲げるんだ。中に欠陥がありゃ、曲げた瞬間に割れて出てくる。あれは誤魔化しが利かねえ。しかも毎年更新で、3 年ごとに再試験だ。俺は 40 年、あの試験と付き合ってきた。
タツさん、資格を擁護する側なんですね。ちょっと意外です。
擁護じゃねえ。値段の話だ。
タツさんが言いかけたことを、数字にします。国が公共工事の積算に使う「溶接工」の労務単価は、日額 27,200 円から 38,900 円まで幅があります。プラント配管の常用単価では、同じ溶接工でも 1 次請け 30,000 円に対して 3 次請けは 22,000 円。資格手当も段になっています。アークやガスの基礎資格には月 1,000 円ほどしか付けない会社がある一方で、JIS や WES の半自動の資格者には月 2 万円を明記する求人もある。資格は腕の証明であると同時に、単価の根拠なんです。「この人はこの溶接ができる」と第三者が保証しているから、値段の欄に根拠として載る。
じゃあ、資格の無いレーザーは……。
値段の根拠が、まだ無い世界です。ハンドヘルドレーザーはいま、「アークの腕の蓄積が要らない、資格も要らない、特別教育すら不要」という、参入の壁が構造的に一番低い工法になっています。誰でも始められる。それ自体は良いことでもあります。ただ、経済の言葉で言い直すと、誰でも始められると証明されている仕事は、高く売るのが難しい。
そういうことだ。アークの単価には 100 年かけて作った階段が付いてる。下向しかできねえ奴と、上向も管もできる奴の値段が違うのは、資格が段を刻んでるからだ。レーザーにはまだ階段が無え。腕に差はあっても、全員が 1 階にいる扱いだ。
腕の差、やっぱりあるんですか。レーザーでも。
あるに決まってんだろ。板厚が変われば止め方も送りも変わる。母材の状態を読めねえ奴は、レーザーだろうが同じ場所で失敗する。差はある。差を測る物差しが無えだけだ。
ここでもう一度、規格に戻ります。資格が無いことは分かりました。なのになぜ、規格はわざわざ「有資格者のみ」と書いたんでしょう。
私の読みですが、将来の資格の場所を、先に空けてあるんだと思います。 順番を見ると、まず安全の規格ができた。管理区域、装置の安全機能、保護具。機器側の JIS も 2025 年に改正されて、使用者向けの指針に訓練や管理者の指名が書き込まれた。外堀は埋まりつつあります。次に来るとしたら、真ん中に残った技能資格です。
これ、構造としては他の業界でも繰り返し見たやつです。技術が先に走って、制度が後から追いかける。そして追いついた制度を書くのは、たいてい先に走っていた側です。試験を作るのも、講習を運営するのも、すでに業界にいる団体になる。資格制度は、自然現象として生まれるわけではありません。誰かが、書くんです。 書かれた瞬間に、持っている人と持っていない人の間に線が引かれる。講習料と更新料が発生して、「有資格者のみ」の条文が、今度は実際に機能し始めます。
なんだか、急に他人事じゃなくなってきました。
おい、その前に聞きてえことがある。資格を作るったって、試験官は誰がやるんだ。 JIS の試験官が務まるのは、その道何十年の連中だ。ハンドヘルドのレーザーが町工場に入り始めたのは、ほんの 4〜5 年前だぞ。レーザー歴 40 年の職人なんて、この国のどこにもいねえ。
……それは、本当にそうですね。
アークの資格ってのはな、先に腕のある奴が山ほどいて、その腕を測るために後から出来たんだ。レーザーは逆になってる。腕のある奴が育つ前に、資格の話が先に来てる。 測る物差しより先に、測られる腕が要るんだよ。
あの……実は、ちょっと思っちゃったことがあって。資格が無いなら、僕がいまからレーザーを必死でやれば、資格が出来る頃には、僕が「先に走ってた側」になれるんじゃないかって。
(笑って)お前、たまにいいこと言うじゃねえか。
冗談ではないですよ、それ。アークの世界の階段は、上に行くほど順番待ちの列が長い。専門級を取って、管を取って、それでも上の仕事は所属する会社の認定込みでしか回ってこない。レーザーの世界には、まだ列そのものが無い。列が無い場所に最初に並んだ人が、列の先頭になります。
ただし 1 つだけ、真顔で言わせてください。資格が無いことと、安全の準備が要らないことは、別の話です。 レーザーの光の危険は、アークとは種類が違います。国の通達は、クラス 4 の装置を使うなら管理区域を設定して、レーザー機器管理者を選任して、教育をして、波長に合った保護めがねを選ぶ、という 4 点を求めています。資格制度が無い今は、ここを自分の会社で埋めるしかありません。始めるのは自由な工法ですが、始め方まで自由なわけではないんです。
資格の無い工法の現在地が見えてきたところで、1 つ、編集部の手元のデータを出します。先週、編集部の Instagram でこんな投票をやりました。「若手が一番伸びるのは?」。答えてくれた 7 人のうち、6 人が「任せて失敗させる」。「資格に挑ませる」は、0 票でした。
だろうな。
だろうな、で済まさないでください。答えてくれたのは主に教える側、ベテランの側です。教える側ですら、若手を伸ばすのは資格だと思っていない。 これと、今日の「資格は単価の階段だ」という話は、どう両立するんですか。
簡単だ。人を育てるのは仕事で、育った腕を値段に変えるのが資格だ。 順番を間違えるな。紙が先じゃねえ、腕が先だ。だから俺は、レーザーの資格が「まだ無い」こと自体は、responsible な連中が慌てて変な物差しを作るよりよっぽどマシだと思ってる。
タツさん、急に英語出ましたね。
うるせえ。
Xデーまで、いま何合目?
BeadX Journal は、その日までの道のりを毎号同じ物差しで定点観測します。
先に結論から。山は動いていません。5 合目のままです。 今号は山ではなく、地図の話でした。
ただ、定点観測として書き残しておきたいことがあります。資格の空白は、レーザーだけではありません。抵抗スポット溶接も、FSW も、電子ビームも、公的な技能資格がありません。共通項は、装置が品質を握る工法だということです。いまの資格の網は「人がアークやガス炎を操る溶接」を前提に編まれていて、装置が品質を握る工法ほど、網の外側に落ちる。つまり自動化が進むほど、資格の空白は広がっていく構造です。
人型ロボットが実戦の現場で溶接する日、つまり Xデーが来たとき、その溶接の品質を誰がどんな資格で保証するのかは、まだ誰も決めていません。
ただし手掛かりは 1 つあります。建築鉄骨には「ロボット溶接オペレータ」という資格が、2002 年からすでにあります。機械が溶接する現場で、人は段取りと監視の有資格者として名前を残し始めています。Xデーの後の資格の形は、案外もう生まれているのかもしれません。
前号の投票
前号の 1 問「あなたの現場、人は足りていますか」。
答えてくれたのは 2 人。1 人が「全然足りない」、1 人が「足りている」で、きれいに割れました。2 人の票で現場の実態を語るわけにはいかないので、この問いは今週もう一度、Instagram のストーリーズで聞きます。結果は次号で。
ちなみに編集部の予想も割れています。タツさんは「足りてる現場なんて見たことない」、葵さんは「足りている現場には、足りている理由がある。そこを聞きたい」。票と一緒に、来週答え合わせします。
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