溶接ロボットが、売り物になる日
見逃せないのは、その先に書かれた一行だ。造船だけでなく、建設やプラントにも売る。造船所が自分の現場で鍛えた溶接ロボットを、他社の現場へ売りに出す。
春には脚で歩く AI 溶接ロボットの国プロも始まった。日本の造船が選んだ道は、人型ではない。今号は、溶接ロボットが「売り物」になるとき何が変わるのかを掘る。
何が起きたか
日刊産業新聞は 8 月 26 日、川崎重工業が坂出工場(香川県坂出市)で溶接・塗装・検査を自動化するロボットを現場で実証・導入していると報じた。船体構造の溶接ロボットは本年度中、パイプ溶接ロボットは来年度の導入を計画する。狙いとして掲げられた言葉は「省人化・省熟練化」。そして将来は造船業界だけでなく、建設やプラントといった大型鋼構造物を扱う分野にも、このロボットを販売する方針だという。
この報道は単発ではない。前段が 2 つある。1 つ目は、3 月 19 日に国が採択を公表し、4 月 21 日に川崎重工・新来島どっく・名村造船所の 3 社が発表した国プロ「AI の活用による次世代造船所の実現に資する技術開発事業」だ。対象は船体ブロックの外側のような、屋外・高所・曲面の「開放空間」。脚式歩行型と車輪型の AI 溶接・塗装・品質確認ロボットを開発し、実際の造船現場で検証する。期間は 2026 年 3 月から 2027 年 3 月の約 1 年。技術評価と規則の検討では日本海事協会と米国船級協会(ABS)が協働する。プレスリリースには、川崎重工が「産業用ロボット・ヒューマノイドロボットの開発で培ってきたロボット技術を融合」すると書かれている。日経の報道では、溶接工程の生産性を 2 倍に引き上げ、2028 年にも実用化するという。
2 つ目は 7 月 16 日、川崎重工が NVIDIA と「次世代デジタルシップヤード」の構築を始めると発表したことだ。坂出工場を舞台に、設計から建造現場までをつなぐ生産システムを作る。溶接・塗装・検査・搬送の工程にロボットを入れ、施工条件の最適化と品質判定精度の向上を図る。あわせてエージェント AI で設計・調達・製造・品質管理の作業を支援する。
背景にある数字を 2 つ置いておく。国内造船業の就労者は、2010 年代半ばの約 9 万 1,000 人から 2025 年には約 6 万 8,000 人まで減った(国土交通省海事局調べ)。そして坂出工場には、実は 2000 年代後半から 8 台のアーク溶接ロボットが走行ガーダに吊り下げられて動いている。船殻ブロックの桝目溶接を担い、およそ 20 年稼働している。造船所の溶接ロボットは新しい話ではない。新しいのは「動く」「判断する」、そして「売る」の 3 つである。
※ 詳細な出典は記事末尾へ
編集部の議論
今号は日本の話です。川崎重工の坂出工場。ハジメくん、記事を読んで最初に引っかかった言葉はどれでした?
「省熟練化」です。省人化は聞いたことがあるんですけど、省熟練化って、熟練を省くってことですよね。それって……僕がこれから身につけようとしているものを、要らなくする、って読めちゃって。
言葉だけ見りゃそう読める。だがな、坂出の現場を知らねえで騒ぐな。あそこは 20 年近く前からロボットが溶接してる。
そうです。坂出工場には 2000 年代後半から、走行ガーダに吊り下げた 8 台のアーク溶接ロボットがあります。船殻ブロックの大組立で、格子状の部材を溶接する桝目溶接。CAD データからプログラムを自動生成して、ワイヤで部材の位置を触って確認して、溶接する。およそ 20 年動いています。つまり坂出は、溶接ロボットが「珍しい」現場ではもう無い。
じゃあ、今回のニュースの何が新しいんですか。
3 つに分けると分かりやすいです。20 年前のロボットは「決まった場所で、決まった溶接をする」。今年度入る船体構造の溶接ロボットと、来年度のパイプ溶接ロボットは、その範囲を広げる。そして 4 月に採択された国プロのロボットは、脚で歩いて、自分で現場へ行き、溶接して、品質まで確認する。対象は船体ブロックの外側、つまり屋外・高所・曲面の「開放空間」です。
船の外側の溶接ってのはな、風と雨と足場の仕事だ。ブロックの中の平らな板を溶接するのとは訳が違う。曲面で、上を向いて、足場の上で体を固定して引く。人の仕事の中で一番きつくて、一番腕が要る場所を、ロボットが取りに来てる。
楽な溶接からロボットになるんだと思ってました。
逆だ。楽な溶接はもう 20 年前にロボットになってる。残ってたのがきつい方だ。
このロボット、形の話をしておきたいです。4 月のプレスリリースには「産業用ロボット・ヒューマノイドロボットの開発で培ってきたロボット技術を融合」と書いてある。川崎重工は人型ロボットを作っている会社ですよね。でも作るのは人型ではなく「脚式歩行型と車輪型」。
そこが日本の造船の答えだと思っています。#007 で見たように、韓国の HD 現代は人型スタートアップと組んで 2027 年の実戦配備を目指している。アメリカでは人型が、造船所向けの溶接データを実際の工場で集めている。川崎重工は人型の技術を持ちながら、造船所に出すのは人型ではなく脚と車輪を選んだ。段差や階段を越えて現場へ行く移動能力は要る、でも人の形である必要は無い、という判断です。
合理的だと思います。人型は「人の道具と人の場所をそのまま使える」ことが売りですが、造船所の開放空間で要るのは、曲面に張り付ける足と、雨に濡れても動く体です。人の形に寄せると、その 2 つを損なう。日本は「人型そのもの」ではなく「現場の形」で自動化を追っている。この差は、この先も何度も出てくると思います。
Xデーの定義が「人型が溶接する日」なのに、日本は人型で来ないかもしれない、ってことですか。
その可能性はあります。後で定点コーナーで触れます。
もう 1 つ、今回の報道で一番大きいのは「売る」だと思っています。川崎重工は造船所であると同時に、産業用ロボットのメーカーでもある。自分の造船所で鍛えたロボットを、他の造船所や建設・プラントに売る。レイさん、これは何が起きているんですか。
造船所の溶接ノウハウが、ロボットという形で商品になる、ということです。これまで造船所の溶接の腕は、その造船所の中にしか無かった。坂出のおよそ 20 年分の桝目溶接のデータ、条件、失敗の記録。それがロボットに入って、他社の現場に届く。買う側から見れば、20 年分の熟練を機械ごと買える。売る側から見れば、溶接の腕が、初めて外に売れる資産になった。
俺たちの腕が、ロボットに入って売られる、か。
言い方はきついですが、構造としてはそうです。そしてこれは川崎重工だけの話ではない。国プロは川崎重工・名村造船所・新来島どっくの 3 社の共同開発で、名村と新来島は自社の現場の実績とノウハウを持ち込む側です。造船所のノウハウが、開発の入口から機械の設計に組み込まれていく。 腕が、外に出る形を持ち始めた、ということです。
もう 1 点、見落とされがちなところを。国プロの技術評価には日本海事協会と ABS が協働します。船級協会が、ロボットが溶接した船体の「規則」を今から検討している。ロボットが溶接した継手を誰がどう認めるか、という制度側が、実装より先に動き始めています。前々号の資格の話と同じ構造です。
腕が先、資格が後、でしたよね。今回は……。
今回は、規則が並走している。人の溶接では半世紀遅れて来た物差しが、ロボットの溶接では最初から一緒に来る。ここは明確に違います。
ハジメくんの最初の引っかかりに戻ります。「省熟練化」。熟練は要らなくなるんですか。
違う。熟練の置き場所が変わるんだ。 坂出の 8 台のロボット、誰が動かしてると思う。ワークの情報を見て、どのロボットにどの溶接を割り付けるか決めて、条件を選んで、必要なら直す。オペレータだ。ロボットは溶接してるが、何をどう溶接するかを決めてるのは人だ。
その通りで、導入事例にもそう書いてあります。オペレータが作業を割り付け、溶接条件を選び、必要に応じてデータを編集する。「溶接をする熟練」から「溶接を決める熟練」へ、という移動です。脚式のロボットが自分で作業計画を立てるようになっても、その計画が正しいかを判断する人、ロボットが溶接できない箇所を自分で溶接する人、検査で落ちたものを直す人は残る。
歴史の型で言えば、自動化は「量と均質」を取り、人は「非定型と補修」に寄る。船の外側の溶接が全部ロボットになったとしても、船は 1 隻ずつ違う。その「違い」の部分が人の仕事になる。
でも、僕みたいにこれから覚える人間は、どこで「溶接を決める熟練」を身につければいいんですか。溶接をしないで、溶接を決められるようになるとは思えないんですけど。
……いいところを突くな。
本当に難しい問いです。「決める熟練」は「する熟練」の上に乗っている。ロボットが「する」を引き受けた後の現場で、若手がどうやって「する」を積むのか。これは、坂出のロボットが答えを持っているわけではない。
だから言っとく。ロボットが入った現場ほど、若手に自分の手で溶接させる時間を、わざと残せ。 省熟練化ってのは、熟練を省くんじゃねえ。熟練を、ロボットに割り付けられる側から、割り付ける側に移すことだ。移すには、先に持ってなきゃ話にならねえ。
「省熟練化」の熟練は、消えるのではなく、置き場所が変わる。ただし、その置き場所に行くには、まず自分の手で持っていなければならない。今号はここまでにします。
Xデーまで、いま何合目?
BeadX Journal は、その日までの道のりを毎号同じ物差しで定点観測します。
先に結論から。山は動いていません。5 合目のままです。 川崎重工のロボットは人型ではないので、この山の定義には乗りません。
ただ、定点観測として書き残したいことがあります。日本の造船が選んだのは「人型」ではなく「脚式歩行型と車輪型」でした。人型の技術(川崎重工は Kaleido という人型を作っています)を持っていながら、現場に出す形は脚と車輪。同じ国プロには、MTI(日本郵船グループ)・JMU・名村造船所・新来島どっくが「閉鎖空間用 AI 溶接・塗装ロボット」で採択されています。二重底ブロックのような船体内部の狭い空間を、やはり脚式歩行型で。つまり日本は、開放空間も閉鎖空間も「脚」で来る。ただし 1 つ付け加えます。同じ国プロの生産工程シミュレーション基盤の事業には、HD 現代と組む Persona AI が関係企業として名を連ねています。日本が「造船現場に出す形」として選んだのは脚と車輪ですが、人型が日本の造船所に入ってこない、という話ではありません。それでも、この山の頂上に日本は人型では登らないかもしれない。 その代わり、脚式のロボットが人型より先に船の外側を溶接している可能性がある。Xデーの物差しは人型のままにしますが、「人型でない実戦第 1 号」が先に来たときに、それをどう数えるかは、そのとき編集部で決めます。
人型ロボットが実戦で溶接する日を待っているあいだに、脚で歩くロボットが先に船の外側を溶接しているかもしれない。
日本の道は人型ではなく脚だった。Xデーへの道のりは 1 本ではない。
前号の投票
前号の 1 問「年齢無制限の『溶接世界一決定戦』があったら、あなたは?」。
答えてくれたのは 4 人。「見たい。出ないけど、誰が一番か知りたい」が 3 人、「出たい。自分の腕を世界と比べてみたい」が 1 人でした。「世界一は決められないと思う」と「興味ない。腕は仕事が証明する」は 0 票。
4 票で需要は語れません。ただ、この 1 問で目を引いたのは数より割れ方です。前号の議論で葵さんが挙げた「工法も材料も違いすぎて、世界一は決められない」という一番もっともな答えに、現場の 4 人は誰も入りませんでした。全員が「あったら見る」か「出る」の側に立った。タツさんの感想は「4 人に 1 人が出たいなら上等だ。俺の頃は手を挙げる場所もなかった」。この問いも票が溜まるまで、折を見てもう一度聞きます。
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