コツは、言葉にできない。では、どう渡しているのか。
一方、現場で若手に教える側が一番困っていること。9 月 27 日の読者投票では、12 人中 7 人が「コツを言葉にできない」と答えた。言葉にできないものを、現場はどう渡しているのか。
今号は、論文から現場へ降りて、この 2 か月に「若手の育て方」を聞いた読者投票のうち回答のあった 18 回を振り返り、8 つの問いを取り上げた。
何が起きたか
2026 年 3 月、カーネギーメロン大学(米ピッツバーグ)の研究チームが、溶接の初心者を AR(拡張現実)で指導する研究「WeldAR」の論文を公開した。人とコンピュータの関わりを扱う国際会議 CHI 2026(4 月・バルセロナ)に採択された研究だ。市販のヘッドセットを 3D プリンターで作った溶接面に組み込み、トーチには追跡用のコントローラーを付ける。本物の溶接をしている最中に、チップと母材の距離・作業角・進行角・進行速度が目標の範囲の中なら緑、外れると赤の表示が、主に面の中の視界の端にその場で出る。溶接法は MIG(半自動)。
試したのは、溶接の訓練を受けたことがない 18〜35 歳の 24 人。半分は AR で学んでから動画で学び、残りの半分は逆の順で学んで、それぞれの最後に、表示も動画も無しの短いテストをした。研究中は毎回、指導員と研究スタッフが安全のために立ち会っていた。著者が報告しているのは、全体の成績と、進行速度・作業角で AR が動画を上回ったこと。距離には有意な差が見られず、進行角は傾向にとどまった。比べたのはトーチの動きが目標からどれだけずれたかで、ビードの写真はあるが、ビードの品質を数値で採点した比較は示されていない。大学の溶接ブースでの、1 人 1 回きりの実験で、熟練者との比較も、数週間後に残っているかの確認もない。
編集部が引っかかったのは、学んだ人たちの声だ。練習が進むと、表示だけでなく体の手がかりに注意が向いた、という声があった。音に触れた人は 24 人中 20 人。振動や熱に触れた人もいる。動画については、正しい手本は見られたが、自分の出来を確かめる助けにはならなかった、という声が 17 人から出た。面の中の表示が足したのは手本ではなく、「いま自分がずれている」という手がかりだ。では、表示の無い現場では、誰がそれを渡しているのか。9 月 27 日の読者投票で、若手に教える側の 12 人中 7 人が「コツを言葉にできない」と答えた。言葉にできないものを、現場はどう渡しているのか。今号は、論文と読者の投票の両方から見ていく。
※ 詳細な出典は記事末尾へ
編集部の議論
前号は、図面を読んで条件を作る機械の話でした。締めで、『なぜ変えたか』を次の人に渡せる人、と書いた。今号は、その「渡す」を人の側から見ます。入口は論文です。葵博士、WeldAR はどこまで分かっている道具ですか。
面の中に「いまのずれ」を映す道具です。速度や角度が目標の範囲の中なら緑、外れると赤の表示が出て、溶融池を隠さないよう、主に視界の端に置く設計です。速度と作業角については、動画で学ぶより目標からのずれが小さかった、と著者は報告しています。表示を外した直後のテストでも差があった。ここまでは論文の言える範囲です。段階も言っておきます。研究段階の試作で、売り物ではありません。市販のヘッドセットを 3D プリンターの面に組み込んだ専用の機材で、トーチの取り付け具は協力した訓練施設の機材に合わせて作った、と著者は書いている。試したのは溶接の訓練を受けたことがない 24 人、平板に 1 本ずつビードを置く課題。熟練者との比較も、何週間か後に残っているかの確認もしていません。
でも、効いたんですよね。
著者はそう報告しています。ただ、比べたのはトーチの動きのずれで、ビードの写真はあっても、品質を数値で採点した比較は示されていません。速度と角度のずれが小さいことと、良いビードが出ることは、近いけれど同じではない。私がこの研究で一番見たいのは、別の所です。基礎の反復を、毎回つきっきりで見なくてもよい仕組みができるなら、その時間を、出来たものや本人の判断を一緒に確かめることに使えるかもしれない。指導の時間が減ったかは今回測っていないので、これは私の提案です。
速度と角度は、初心者に最初に教えるやつだ。俺らが隣で「速い」「寝てる」って言ってるのを、面の中で見せてるわけだろ。それは分かる。助かるとも思う。けどな、表示が合ってるだけで、その場を離れていいのか。ずれを教えてもらっても、どう直せばいいか分からねえで止まる奴はいる。緑になっただけで隣を離れていいとは、俺は思わねえ。
表示は緑なのに、先輩には「違う」って言われたら、僕はどっちを見ればいいんですか。
だから、最初から最後まで同じように横で見るのではなく、どこで人が確かめるかを決めたいんです。表示が出せるのは「どちらにずれているか」までで、「体をどう使えば直るか」は表示にありません。角度が違うとは出るが、正しい角度にする方法は出ない、という声も論文にあります。そこは人の仕事として残る、と私も思います。
タツさんは、若手に教えるとき、まず何をしますか。
やって見せる。言葉にならねえよ、ああいうのは。だから隣に立たせて、俺がやる。それから本人にやらせて、止まった所で「ここ」って言う。
読者も近い答えでした。9 月 22 日の投票「若手に教えるとき、まずどうする?」に答えた 16 人のうち、13 人が「やって見せる」。「やらせてから直す」が 2 人、「教えていない」が 1 人、「言葉で説明する」は 0 人でした。そして 9 月 27 日の「若手に教えるとき、困るのは?」では、12 人中 7 人が「コツを言葉にできない」、4 人が「教えても伝わらない」。
僕の職場も、先輩は「見てろ」です。言葉で説明された記憶がほとんどないです。
次は、教わった経験を聞いた別の投票です。9 月 24 日の「教わって一番効いたのは?」に答えた 16 人のうち、9 人が「失敗の理由を言われた」。「隣で見せてもらった」が 6 人、「手を添えてもらった」が 1 人、「放っておかれた」は 0 人。設問が異なり、答えた人も一部重なる(両方に答えた人は 7 人)別々の投票なので、ここから教え方の優劣や順番は決められません。ただ、教える側では「見せる」が多く、教わって効いたことには、失敗の理由と、実演の両方が挙がっています。
見せるのと、理由を言うのは、別の仕事だ。コツは口で言えねえ。でも、「どこで手が止まった」「その時、何を見てた」は、やったことから一緒にたどれる。俺が若い頃に効いたのも、そっちだ。
その「たどる」が、論文の学んだ人の声とつながります。練習が進むと、表示だけでなく音や振動にも注意が向いた、と著者はまとめています。音を手がかりに挙げた人は 24 人中 20 人。動画は正しい手本を見せてくれたけれど、自分の出来を確かめる助けにはならなかった、という声が 17 人。面の中の表示が足したのは、「いまずれている」という手がかりです。「なぜそうなったか」や、体をどう使えば直るかまでは、表示にはない。これは私の読みです。
これ、構造としては航空の訓練で見たやつです。シミュレーターで反復する道具があることと、一人で任せられるかを人が確かめることは、両立している。航空でも、シミュレーターと、人による指導・評価を組み合わせています。溶接でも、この組み合わせは考えられます。ただ、減った手間がそのまま育成に回るとは限りません。買う側が、誰の時間を何に使うための道具かを決める必要があります。
で、誰がお金を払うんですか。
それ、私の台詞ですね。VR や AR の溶接訓練システムは、すでに市販されていて、訓練校や企業の研修向けに売られています。ある会社は 2023 年に、VR で学んだ受講者の習熟が実技の研修を上回ったと発表した。売る側の発表なので、そのまま信じるより、そういう主張が出る段階に来ている、と読むのがいい。WeldAR は市販の訓練機と違って、シミュレーターの中ではなく、本物の溶接をしている最中に表示を出した。本物の溶接中に表示を重ねる研究はほかにもあって、距離・角度・速度の 4 項目をまとめて出したのがこの研究の特徴です。ただし研究段階の試作で、学んだ人からは、面が重い、母材が見えにくい、という声が多く出ていて、著者も面越しの見え方の粗さを課題に挙げています。製品化するなら、私ならまず訓練校や、まとめて新人を育てる企業を買い手として考えます。価格も運用費も分からないので、町工場で元が取れるかは、まだ判断できません。
もう 1 つ、確かめたかったことがあります。「見て盗め」です。8 月 30 日の投票「『見て盗め』で覚えた技術、どれくらい?」に答えた 12 人のうち、「ほとんど全部」が 3 人、「半分くらい」が 5 人、「少しだけ」が 4 人、「全部教わった」は 0 人。8 月 25 日の「あなたが溶接を覚えたのは、誰から?」では、9 人のうち、学校・訓練校が 3 人、ほぼ独学(動画を含む)が 3 人、職場の何人かから 2 人、「先輩 1 人にみっちり」は 1 人でした。
見て盗めって言うけどな、盗ませる方も、見せてんだよ。黙って背中向けてる奴から盗めるもんはねえ。俺は見せてるつもりだったよ。でも、相手に見えてたかは別だな。そこは聞かなきゃ分からねえ。
僕は、学校で基礎をやって、動画で予習して、職場で先輩に見せてもらってます。全部混ざってます。
投票の答えも、人によって違いますね。見て覚えた分が「ほとんど全部」の人も、「少しだけ」の人もいる。「全部教わった」は 0 人。「先輩 1 人にみっちり」という徒弟の形は、答えてくれた人の中では少数でした。人数が少ないので、業界の割合ではなく、BeadX の読者の範囲の記録です。それでも、WeldAR のような道具が入ってくる場所は、この混ざった学び方の中の、職場で先輩が隣に立つ時間の一部だと思います。
最後に、教える側のもう 1 つの渡し方です。10 月 1 日の「若手に教えたとき、自分の失敗談は?」に答えた 10 人のうち、8 人が「自分から話した」。「話さなかった」が 2 人、「聞かれて話した」は 0 人でした。
俺もそうだ。穴開けた話、垂らした話、X 線で落とされた話。若い奴が失敗した時に「俺もやった」って言うと、顔が変わる。そこから、どこでつまずいたかを聞ける。
僕は先輩に「失敗したことありますか」とは聞きにくいです。先輩から話してくれると、自分の失敗も話しやすくなります。
面の中の表示は、「いまずれている」は出せますが、「俺もやった」は言えません。失敗談は、失敗の理由を言うことと、聞いていい雰囲気を作ることの両方をやっている。機械が入っても、ここは残ると思います。
ただ、渡されなかった人もいます。9 月 1 日の投票「若手の頃、一番きつかったのは?」では、8 人中 2 人が「教えてもらえない」でした。全部の現場で渡されているわけではない。それを踏まえて整理します。論文は、速度と角度の反復に表示が入ったことを示しました。読者の投票からは、やって見せる、やらせる、失敗の理由を言う、自分の失敗談を話す、という渡し方が現場にあることが見えた。これは編集部の整理で、順番や効き目を証明したものではありません。言葉にできないのはコツそのもので、失敗の理由や、その時どこを見ていたかは、言葉で渡されていた。見立てで整理します。
Xデーまで、いま何合目?
BeadX Journal は、その日までの道のりを毎号同じ物差しで定点観測します。
山は動いていません。5 合目のままです。今号の機械は人型でも、据え付けの溶接ロボットでもありません。人を育てる側に入った機械です。編集部のハンドブックの第 1 層から第 3 層は「機械が溶接する」話の物差しなので、今号はその外側にあります。
ただ、記録しておきます。人型が溶接を担う日より先に、人が溶接を覚える過程では、機械がシミュレーターの外、本物の溶接の最中にまで入ってきた。研究段階の試作で、溶接の訓練を受けたことがない 24 人、1 人 1 回きりの実験の範囲ですが、速度と作業角のずれは表示を外した直後にも小さかった、と著者は報告しています。人型を待つあいだに、人の側の覚え方が変わるかどうか。そこも見ていく号として残します。
面の中に表示が入っても、学んだ人の多くは音を手がかりに挙げた。投票では、教えたことのある 10 人中 8 人が、自分から失敗談を話していた。言葉にできないものを、現場はどう渡しているのか。その答えを、これからも読者の投票で集めていきます。
前号の投票
前号の 1 問「ふだんの溶接で、最初の電流などの設定値は、主に何をもとに決めていますか?」。
答えてくれたのは 5 人。自分の経験・試し溶接が 2 人、先輩・上司など他の人の指示が 1 人、条件表・作業標準が 1 人、機械の自動提案が 1 人でした。
5 人の票で現場の拠り所を語るわけにはいかないので、発表は票が集まった号に持ち越します。この問いは、あらためて聞きます。ただ、1 つだけ書いておきます。前号のファナックの機械は、条件出しができる熟練者の不足を補うものとして説明されていました。5 人の中に、最初の設定値の拠り所として機械の自動提案を挙げた人が 1 人いました。いちばん多かったのは、それでも自分の経験・試し溶接でした。その経験は、どう身についたのか。今号で聞いているのは、そこです。タツさんの一言。「俺も経験だな。でも、その経験は、最初は誰かに見せてもらったもんだ」。
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